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四輪の分かる技術者がいない会社で
中村が入った頃のホンダはオートバイ専業で、四輪の分かる技術者がほとんどいなかった。中村は入社してまもなく本田技術研究所の四輪開発部隊の責任者を任され、S500 や T360 といった市販車の開発を指揮した。一方で F1 チームの監督にもなり、1964 年に始まったホンダの F1 参戦の責任者を務めた。
ホンダ · S500

ファイナルドライブにローラーチェーンを用いた。デザインは社内の森泰助が担当し、本田宗一郎が大幅に手直ししたとされる。生産・販売期間は極めて短い。
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フロント
ダブルウィッシュボーン