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水野和敏

日産開発責任者

社長のカルロス・ゴーンから GT-R の開発と販売の全権を任された「ミスターGT-R」として、R35 型の GT-R を開発した人

年表

  1. 1972

    入社

    日産自動車

  2. 1989

    NISMOグループCカーの耐久レースのチーム監督兼チーフエンジニア

  3. 1993

    車両開発センター車両設計課長

  4. 1997

    FR-Lプラットフォームの開発責任者

  5. 2000

    車両開発主管(チーフ・ビークル・エンジニア、CVE)

  6. 2001
  7. 2003

    GT-Rのチーフ・ビークル・エンジニア(CVE、車両開発主管)兼チーフ・プロダクト・スペシャリスト(CPS、商品企画立案責任者)兼プログラム・ダイレクター(PD、収益・販売目標達成責任者)

  8. 2007
    GT-R(R35)のサムネイル
    GT-R(R35)

    2007年〜2025年開発責任者2013年12月まで

    一緒に開発した人

    社長と直結する 1 トップ制

    日産社内には次期 GT-R を作る方針があったが、既存の FR-L プラットフォームの延長で作る意見が大勢で、水野は「それでは日産のフラッグシップたり得ない」と開発責任者を固辞していた。2003 年 12 月にカルロス・ゴーン社長から全権を任されると、従来の 1 車種 3 トップ制ではなく水野に権限を集める 1 トップ制がとられ、社長直轄のプロジェクトになった。GT-R には、水野が以前から構想していた PM プラットフォームが採用された。

  9. 2012

    退社

  10. 2014

    華創車電技術中心(HAITEC)副社長

つながり

プロフィール

長野県千曲市出身。長野工業高等専門学校を卒業。日産・GT-R (R35) の開発責任者。2003年12月に社長のカルロス・ゴーンから「ミスターGT-R」として開発と販売の全権を委任され、チーフ・ビークル・エンジニア (CVE、車両開発主管) 兼チーフ・プロダクト・スペシャリスト (CPS) 兼プログラム・ダイレクター (PD) に任命された。11代目スカイライン (V35) の車両開発主管 (CVE)。1980年代には901運動に車体設計の面で関わり、P10型プリメーラや R32型スカイラインでは車両のパッケージング設計を担当した。

日産の開発者

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