いすゞ · ベレット

いすゞ ベレット 初代(PR)

販売期間
1963年〜1974年
型式
PR
駆動方式
FR
初代のサムネイル

画像: Ypy31 / Public domain

どんな車か

技術者主導で設計され、四輪独立懸架による鋭いハンドリングから「和製アルファロメオ」とも呼ばれた。1tに満たない軽い車体を武器にレースでも活躍し、スカイラインが台頭するまでサーキットで強さを見せた。

開発秘話

01

経験の無い若者たちと、工場の命運を背負う

ベレットの開発はベレルの生産立ち上げと重なったため新しいチームが組まれ、水澤がその責任者になった。メンバーは未経験ながら意欲にあふれた、怖いもの知らずの若者たちだった。ベレットは建設の進む藤沢工場の主力車種として、いすゞの命運を担う車と位置づけられていた。チームは工事現場を訪れて責任の重さを感じ、一丸となって目標を果たすと決めた。世界の主な車を分解して設計の意図を読み取り、四輪独立懸架やラックアンドピニオンのステアリングなど、当時としては思い切った仕様を採り入れた。
水澤譲治

02

「自分の信じる通りにやれ」

新しい装置ばかりの開発で、最も難航したのは車の性格を決めるリヤサスペンションだった。ダイアゴナルリンクの構造を設計し、スイングアクスルが招く横転の危険を避けることが特に大きな課題になった。上司の「自分の信じる通りにやれ」という励ましと水澤の強い信念がグループ全員の力を引き出し、昼夜を問わない苦心の末に案が次々と生まれて難問を解いた。ベレットは、高速安定性と操縦性に優れた本格的なスポーツサルーンに仕上がった。
水澤譲治

エンジン

足まわりと大きさ

全長 3,990-4,015mmWB 2,350mm1,325-1,390mm全高全幅 1,495mm
車両重量
920-970kg

系譜の中での位置

1960197019801990200020102020Now
初代 1963–1974PR

生産工場

  1. 川崎工場

    神奈川県川崎市

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

マイナーチェンジ

マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1963年11月 発売時1963年11月〜———————
1966年4月 フェイスリフト1966年4月〜———————
1971年10月 マイナーチェンジ1971年10月〜———————

開発に関わった人

水澤譲治のプロフィール

水澤譲治開発責任者

出身地: 東京都

いすゞ自動車の技術者。乗用車ベレットの開発で新しく編成されたチームの責任者を務め、のちに同社の取締役会長となった。2013年に日本自動車殿堂入り。