いすゞ · 117クーペ

いすゞ 117クーペ 初代(PA90/PA95/PA96/PAD96)

販売期間
1968年〜1981年
型式
PA90/PA95/PA96/PAD96
駆動方式
FR
初代のサムネイル

画像: 先従隗始 / CC0

どんな車か

ジュネーヴで賞を得たショーカー117スポルトを、元の美しさを可能な限り尊重して市販化した車。初期型は生産工程の大部分を手作業とし「ハンドメイド」と通称される。絶版から40年以上たった今も、旧車趣味での人気は根強い。

開発秘話

01

ギアを離れても、量産の手直しは自分の手で

いすゞは 117クーペのコンセプトからデザイン、パッケージ、スタイリングまでをカロッツェリア・ギアに任せ、当時ギアのチーフデザイナーだったジウジアーロが担当した。ジウジアーロはその後ギアを辞めて独立し、イタルデザインを立ち上げたが、いすゞとの仕事は続いた。ショーカーの 117スポルトを何としても売りたいといういすゞ首脳陣の意向を受け、量産に向けた手直しはジウジアーロ自身が行い、元の美しさをできるだけ残しながら主に室内高を増やした。量産の指導は、イタルデザインの最初の仕事になった。

02

プレスで作れない外板を、手で仕上げる

ジウジアーロが描いた外板は、当時のいすゞの製造技術ではプレス機で再現できず、経営が苦しく設備投資の余裕もなかった。いすゞは大まかなラインだけをプレスで出し、トリミングや穴あけといった工程の大半を手作業にすると決めて、市販にこぎつけた。初期型が「ハンドメイド」と呼ばれるのはこのためで、組み立ての自動化は最後まで進まず、3年間の総生産台数は 2,458台にとどまった。

エンジン

足まわりと大きさ

全長 4,280-4,320mmWB 2,500mm1,310-1,325mm全高全幅 1,600mm
車両重量
1,050-1,190kg

系譜の中での位置

1960197019801990200020102020Now
初代 1968–1981PA90/PA95/PA96/PAD96

生産工場

  1. 川崎工場

    神奈川県川崎市

販売実績

地域別の販売台数

日本 販売台数 10,471台 掲載2年分(1972〜1974年)

マイナーチェンジ

期マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
前期型1968年12月 発売時1968年12月〜———————
中期型1973年3月 フェイスリフト1973年3月〜———————
後期型1977年 マイナーチェンジ1977年〜———————

開発に関わった人

ジョルジェット・ジウジアーロのプロフィール

ジョルジェット・ジウジアーロデザイン責任者

世界的に著名なカーデザイナー。いすゞとは1960年代後半より大変深い関係にあり、「ピアッツァ」のほか、1968年の「117クーペ」、1985年の2代目「ジェミニ」のデザインを描いた。1979年3月のジュネーブモーターショーで発表された「アッソ・ディ・フィオーリ」は、発表から2年後の1981年に「ピアッツァ」として発売された。

水澤譲治のプロフィール

水澤譲治開発に参加

出身地: 東京都

いすゞ自動車の技術者。乗用車ベレットの開発で新しく編成されたチームの責任者を務め、のちに同社の取締役会長となった。2013年に日本自動車殿堂入り。