
椋本陵
ホンダ開発責任者
モデラーとして入社し、研究所 50 周年の商品企画コンペで提案した等身大のスポーツカーを S660 として率いた人
年表
- 2007
入社
本田技術研究所
- 2015
S6602015年〜2022年開発責任者
どうしちゃったの?
就職して初めて買った S2000 で帰省すると、地元の友達は「どうしちゃったの?」とあっけにとられた。同じ世代はスポーツカーに興味を示さなくなっていた。そこへ本田技術研究所 50 周年の商品企画コンペが来た。椋本は、高く速くなりすぎたスポーツカーではなく、自分でも乗りこなせる等身大のスポーツカーを提案した。そう思っているのは自分だけではないと考えたからだ。
カリスマはいなくても
プロジェクトが始まると、研究所の中から同じ考えの若い開発者がたくさん集まった。スポーツカーの定義は人によって違う。ハイパワーも、軽さも、格好良さもスポーツカーだ。チームはスポーツカーがなぜ楽しいのかを徹底的に解き明かそうとし、スポーツカーのカリスマのような人がいなくても、皆で考え抜き、何度も走り込んで目指すものになっているかを確かめた。
ビートとモンキー
入社してしばらくして買った S2000 は椋本の手に余り、乗りこなせている実感がなかなか得られなかった。そのころ開かれた新商品提案コンペに出し、後の S660 の原型になったのは、タイプR のような本気のスポーツではなく、誰でも気軽に運転を楽しめる「ゆるスポ」だった。思い描いたのはビートの進化版と、50cc のモンキー。高校のころ同じエンジンのカブで通学し、力いっぱい走る感じと、足りないところを乗り手が補う感じが好きだった。
震災の翌年でも前へ
先行検討に入った翌年、東日本大震災で研究所も被害を受けた。スポーツカーをつくっている場合ではない、これで終わったと椋本は思った。けれど研究所の上の人たちは前進しろと言った。開発中の悩みは、ゆるスポという考えが数字にならず、浸透させにくいことだった。作るからには本気でというホンダの社風から、S660 には本気のスポーツの面も多い。それでも本気で作り込んだことで、交差点を曲がるのがすごく気持ちいいといった、速い遅いと関係ない気持ちよさを感じてもらえると椋本は考えている。
四輪R&Dセンター LPL
プロフィール
S660 開発責任者。(株)本田技術研究所 四輪R&Dセンター LPL。