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一度は退けられた提案から、ダックテールへ
米国では若者や女性に向けた手ごろな小型クーペ、ポニーカーが流行していた。留学から1968年に戻った上砂は、この波がいずれ日本にも来ると説き、コルトギャランの派生としてファストバックの案を出した。社内では2ドアのハードトップがすでに開発中で、案は通らなかった。それでも上砂は検討をやめず、欧州風のなめらかな初期案を自ら白紙に戻し、もっと熱い印象を求めて描き直した。こうして量産のスポーツクーペには無かったダックテールの姿が生まれる。1969年5月の重役の視察で牧田常務の目に留まり、ショーカーを作って東京モーターショーで反応を見ることになった。GTX-1の名で並んだその車は、大きな評判を呼んだ。
