三菱 · ギャランGTO

三菱 ギャランGTO 初代(A53C/A55C/A57C)

販売期間
1970年〜1978年
型式
A53C/A55C/A57C
駆動方式
FR
初代のサムネイル

画像: TTTNIS / CC0

どんな車か

当時の米国のマッスルカーの流行を、小型車の寸法に落とし込んだクーペ。トランク後端を跳ね上げたダックテールは日本初だった。最上級の「MR」の名は、のちの三菱のスポーツモデルに受け継がれた。

開発秘話

01

一度は退けられた提案から、ダックテールへ

米国では若者や女性に向けた手ごろな小型クーペ、ポニーカーが流行していた。留学から1968年に戻った上砂は、この波がいずれ日本にも来ると説き、コルトギャランの派生としてファストバックの案を出した。社内では2ドアのハードトップがすでに開発中で、案は通らなかった。それでも上砂は検討をやめず、欧州風のなめらかな初期案を自ら白紙に戻し、もっと熱い印象を求めて描き直した。こうして量産のスポーツクーペには無かったダックテールの姿が生まれる。1969年5月の重役の視察で牧田常務の目に留まり、ショーカーを作って東京モーターショーで反応を見ることになった。GTX-1の名で並んだその車は、大きな評判を呼んだ。
上砂公昭

02

風洞が決めた尻の形を、手仕事で守る

デザイン部門は、近くにある名古屋航空機製作所の風洞を、航空機の試験の合間に借りられた。1/5の模型にクレイを盛っては削る試験を重ねるうち、後端を丸めるより鋭く断ち切る方が空気抵抗も揚力も小さいとわかり、ダックテールの形が決まった。ところがボディ設計と生産技術の技術者は、凹凸の組み合わさったトランクの蓋と、尖ったリヤクォーターパネルの後端はプレスで作れないと難色を示した。角を丸める案に、上砂はここがデザインの要だと強く反対した。技術者たちはパネルを二つに分けてプレスし、溶接してハンダを盛り、グラインダーで仕上げる手間のかかる方法でこれを形にした。
上砂公昭

エンジン

足まわりと大きさ

全長 4,125mmWB 2,420mm1,310mm全高全幅 1,580mm
車両重量
980kg

系譜の中での位置

1960197019801990200020102020Now
初代 1970–1978A53C/A55C/A57C

生産工場

  1. 名古屋製作所 大江工場

    愛知県名古屋市

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

マイナーチェンジ

マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1970年11月 発売時1970年11月〜———————
1973年1月 マイナーチェンジ1973年1月〜———————
1973年10月 一部改良1973年10月〜———————
1975年2月 マイナーチェンジ1975年2月〜———————

開発に関わった人

上砂公昭のプロフィール

上砂公昭デザイン責任者

三菱のデザイナー。米国留学から1968年に帰国してファストバックのクーペを提案し、コルトギャランGTOのデザインを手がけた。