
上砂公昭
三菱デザイン責任者
年表
- 1970
ギャランGTO 初代1970年〜1978年デザイン責任者
一度は退けられた提案から、ダックテールへ
米国では若者や女性に向けた手ごろな小型クーペ、ポニーカーが流行していた。留学から1968年に戻った上砂は、この波がいずれ日本にも来ると説き、コルトギャランの派生としてファストバックの案を出した。社内では2ドアのハードトップがすでに開発中で、案は通らなかった。それでも上砂は検討をやめず、欧州風のなめらかな初期案を自ら白紙に戻し、もっと熱い印象を求めて描き直した。こうして量産のスポーツクーペには無かったダックテールの姿が生まれる。1969年5月の重役の視察で牧田常務の目に留まり、ショーカーを作って東京モーターショーで反応を見ることになった。GTX-1の名で並んだその車は、大きな評判を呼んだ。
風洞が決めた尻の形を、手仕事で守る
デザイン部門は、近くにある名古屋航空機製作所の風洞を、航空機の試験の合間に借りられた。1/5の模型にクレイを盛っては削る試験を重ねるうち、後端を丸めるより鋭く断ち切る方が空気抵抗も揚力も小さいとわかり、ダックテールの形が決まった。ところがボディ設計と生産技術の技術者は、凹凸の組み合わさったトランクの蓋と、尖ったリヤクォーターパネルの後端はプレスで作れないと難色を示した。角を丸める案に、上砂はここがデザインの要だと強く反対した。技術者たちはパネルを二つに分けてプレスし、溶接してハンダを盛り、グラインダーで仕上げる手間のかかる方法でこれを形にした。
三菱
プロフィール
三菱のデザイナー。米国留学から1968年に帰国してファストバックのクーペを提案し、コルトギャランGTOのデザインを手がけた。