三菱 · ギャランクーペFTO

三菱 ギャランクーペFTO 初代(A61/62/63)

販売期間
1971年〜1975年
型式
A61/62/63
駆動方式
FR
初代のサムネイル

画像: Mitsupicture / CC BY-SA 3.0

どんな車か

ランサーが出るまでの間に大衆車のスポーツモデル市場へ早く参入するため、急いで作られた車。ノッチバックとファストバックを組み合わせた後ろ姿が特徴。FTOの名は後年、単独の車名として復活した。

開発秘話

01

ランサーまでのつなぎに生まれた「豆タンク」

1960年代の終わり、カローラやサニーで大衆車の市場は急に広がっていた。三菱はギャランで一つ上の層には応えたが、下の層は売れ行きの悪いコルト1000Fしかなく、後を継ぐランサーはまだ準備ができていなかった。そこでランサーが出るまでの間を埋めるため、スプリンターやサニークーペと同じ大衆向けのスポーツモデルとしてFTOが企画された。販売店からは「事務所で電話を受けるだけで売れる車を」という声も届いていた。ギャランを土台に全長とホイールベースを詰めたこの車は、社内で「豆タンク」と呼ばれた。山村は小林健作と2000ccの上級版も提案したが、商品企画部に退けられた。発売後は評判も売れ行きも上々で、つなぎの役目を果たせたと皆で祝杯を挙げた。
山村真一

02

短い車体が生んだ「ファストノッチ」

FTOはギャランより全長が315mmも短く、後席の頭上を確保するとリヤウインドウが立ち、ファストバックではトランクの開口が小さくなってしまう。後ろを跳ね上げ式のゲートにする案は、ヒンジの強度とシールの問題で設計部門に反対された。苦心の末にたどり着いたのが、窓の部分はノッチバック、側面のピラーはファストバックとする新しい「ファストノッチ」だった。名古屋航空機製作所の風洞で測ると横風に強く、後ろの乱流も少なく抵抗も低いという結果が出た。変わった形のピラーに生産技術部は渋い顔をしたが、若手がプレス型を工夫して解決し、デザイン審査は珍しく一度で通った。
山村真一

エンジン

足まわりと大きさ

全長 3,765mmWB 2,300mm1,320-1,330mm全高全幅 1,580-1,655mm
車両重量
820-875kg

系譜の中での位置

1960197019801990200020102020Now
初代 1971–1975A61/62/63

生産工場

  1. 名古屋製作所 大江工場

    愛知県名古屋市

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

マイナーチェンジ

マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1971年11月 発売時1971年11月〜———————
1973年2月 マイナーチェンジ1973年2月〜———————
1973年10月 一部改良1973年10月〜———————
1974年10月 一部改良1974年10月〜———————

開発に関わった人

山村真一のプロフィール

山村真一開発に参加

三菱のデザイナー。ギャランクーペFTOのデザインを、小林健作・伊藤敏博・原田とともに担当した。のちに株式会社コボの代表取締役社長。