
山村真一
三菱開発に参加
年表
- 1971
ギャランクーペFTO 初代1971年〜1975年開発に参加
ランサーまでのつなぎに生まれた「豆タンク」
1960年代の終わり、カローラやサニーで大衆車の市場は急に広がっていた。三菱はギャランで一つ上の層には応えたが、下の層は売れ行きの悪いコルト1000Fしかなく、後を継ぐランサーはまだ準備ができていなかった。そこでランサーが出るまでの間を埋めるため、スプリンターやサニークーペと同じ大衆向けのスポーツモデルとしてFTOが企画された。販売店からは「事務所で電話を受けるだけで売れる車を」という声も届いていた。ギャランを土台に全長とホイールベースを詰めたこの車は、社内で「豆タンク」と呼ばれた。山村は小林健作と2000ccの上級版も提案したが、商品企画部に退けられた。発売後は評判も売れ行きも上々で、つなぎの役目を果たせたと皆で祝杯を挙げた。
短い車体が生んだ「ファストノッチ」
FTOはギャランより全長が315mmも短く、後席の頭上を確保するとリヤウインドウが立ち、ファストバックではトランクの開口が小さくなってしまう。後ろを跳ね上げ式のゲートにする案は、ヒンジの強度とシールの問題で設計部門に反対された。苦心の末にたどり着いたのが、窓の部分はノッチバック、側面のピラーはファストバックとする新しい「ファストノッチ」だった。名古屋航空機製作所の風洞で測ると横風に強く、後ろの乱流も少なく抵抗も低いという結果が出た。変わった形のピラーに生産技術部は渋い顔をしたが、若手がプレス型を工夫して解決し、デザイン審査は珍しく一度で通った。
三菱
プロフィール
三菱のデザイナー。ギャランクーペFTOのデザインを、小林健作・伊藤敏博・原田とともに担当した。のちに株式会社コボの代表取締役社長。