
木村一男
日産デザイン責任者
初代シルビア(CSP311)をデザインし、社長から「(出品したければ)生産計画を持ってこい」と伝えられて東京モーターショーへの出品にこぎつけた人
年表
- 1958
入社日産自動車
- 1965
シルビア 初代(CSP311)1965年〜1968年デザイン責任者
上層部の許可を取らずに
木村によれば、開発のきっかけは 1962 年のトリノモーターショーで日野・コンテッサ 900 スプリントが話題になったことだった。1963 年の東京モーターショーに出す予定でヤマハ発動機と開発していたが、上層部の許可を取らずに進めていたため、開催直前に川又克二社長から咎められ、その年は出品できなかった。それでも川又は木村に「(出品したければ)生産計画を持ってこい」と伝え、事実上の許可を得た木村は生産計画を立て、1964 年の出品にこぎつけた。木村は、エクステリアのスケッチは 1963 年 3 月にはほぼ完成していて、ゲルツと日産の契約より前だったと語っている。
- 1972
退社日産自動車
プロフィール
日産自動車の初代「シルビア(CSP311)」のデザインを担当したインダストリアルデザイナー。