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今田信孝

三菱開発に参加

年表

  1. 1990
    エクリプス 初代のサムネイル
    エクリプス 初代

    1990年〜1995年開発に参加

    スチレンボードで探した「ワオ!」の内装

    三菱が初めて米国で現地生産する車の内装を任された今田は、アメリカ人を驚かせる新しさを狙った。内装スタジオには、行き詰まると他の担当者まで集まって口々に案を出す「オヤカマ」という習わしがあった。今田たちはきれいなスケッチや図面を後回しにし、落書きのような絵から使わなくなったインパネのモデルにスチレンボードを継ぎ足して、すぐに立体にしては皆で議論した。計器、中央の吹き出し口、空調のダイヤルを扇のようにつなげてフロアコンソールまで流す形が、そこから生まれた。高めのコンソールで運転者が沈み込む雰囲気を探していたころ、米国のスタジオから「高めのセンターコンソールにスポーツカーらしさを感じた」と添えたポンティアック・フィエロのカタログが届き、方向に自信を持った。

    クライスラーの外観に、三菱の内装

    内装のモデルを作っている最中の1985年3月、三菱とクライスラーそれぞれの外観案が確かめられ、土台もミラージュから一回り大きいギャランに変わった。外観は最終的にクライスラーの案に決まり、他社の外観と三菱の内装が1台になるという珍しい組み合わせになった。今田はクライスラーの熱い外観が自分たちの内装にぴったり合うと感じた。同じ年の9月、今田はカリフォルニア州オークランドで、RX-7やプレリュード、フィエロなどと内装を比べる消費者調査に立ち会った。スポーティな雰囲気と新しいインパネは好評で、調査に来ていたクライスラーの関係者からも気に入ったと声を掛けられた。

    三菱

プロフィール

三菱のインテリアデザイナー。3代目ミラージュのインテリアチームをまとめるかたわら、初代エクリプスのインテリアのデザインを任され、大熊栄一とともに担当した。

三菱の開発者

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