
内山田亀男
トヨタ開発責任者
マイカーの時代を見越して「白いクラウン」をつくった主査
年表
- 1967
クラウン 3代目1967年〜1971年開発責任者
駐車場で気づいた、明るくなるボディの色
2代目の開発に携わった内山田は、3代目で主査になった。駐車場の車を観察するうちに、ボディの色がだんだん明るくなってきたことに気づき、マイカーとして乗る人が増えると見て白いボディカラーを設定した。3代目は白いクラウンと呼ばれ、モータリゼーションを引っ張っていった。
トヨタ
つながり
プロフィール
3代目クラウンの開発主査。