
佐々木紫郎
トヨタ開発責任者
初代カローラを主査付として支え、2・3代目の開発責任者を務めた人
年表
- 1949
入社
トヨタ自動車 技術部設計課
- 1963
トヨタ自動車 主査室(後の製品企画室)
- 1969
製品企画室主査
- 1970
カローラ 2代目1970年〜1977年開発責任者
主査付から主査へ
初代カローラの開発で、佐々木は主査の長谷川龍雄を支える「主査付」を務めた。長谷川自身も、クラウンでは中村健也の主査付として調整役を担っている。長谷川の後を継いで 2 代目の主査になったのが佐々木で、ここから主査付が次のモデルの主査になる流れが慣例になっていった。1970 年に出た 2 代目は、初代よりひとまわり大きなボディーになった。佐々木は、初代の企画が素晴らしかったから、その DNA を受け継いだカローラが 50 年も続いてきたのだと振り返っている。
- 1974
カローラ 3代目1974年〜1979年開発責任者
三代将軍家光を調べる
3 代目カローラが出たのは 1974 年で、前年に石油ショックが起き、排ガス規制も急に厳しくなっていた。主査の佐々木が目指したのは大衆車の決定版で、燃費を上げて排ガス規制にも安全の問題にも応え、高級感でオーナーの満足度を高めて、「このクルマがあればほかのクルマはいらない」と思わせることだった。3 代目はその後の発展を左右する存在になると考えた佐々木は、三代目の成功例として徳川三代将軍家光を徹底的に調べたという。困難な条件のなかで、3 代目は歴代カローラで最多の販売台数を記録した。累計は 375万5030 台、月平均の販売は 6万3645 台に達した。
- 1977
製品企画室副室長(参与)
- 1982
製品企画室室長
- 1984
常務取締役
- 1986
専務取締役監査改良室室長
- 1988
取締役副社長
- 1990
会長
- 1992
豊田中央研究所代表取締役
- 2016
顧問
つながり
プロフィール
山梨県甲府市出身。1949年に北海道大学工学部機械工学科を卒業。2代目・3代目カローラの開発責任者。3代目では2代目で落とした質感を戻すため、振動・騒音・空調など快適性の向上に力を入れた。