マツダ · コスモ

マツダ コスモ 初代(L10)

販売期間
1967年〜1972年
型式
L10
駆動方式
FR
初代のサムネイル

画像: MrWalkr / CC BY-SA 4.0

どんな車か

世界初の2ローター・ロータリーエンジン搭載車。内壁面に発生する「チャターマーク(波状摩耗)」を克服するまで、開発に6年を要した。

開発秘話

01

ロータリー47士

1963 年 3 月、山本は社長の松田恒次の意向でロータリーエンジンの開発に専念するよう指示され、翌 4 月にロータリーエンジン開発部の部長になった。集まった 47 人の開発部隊は、赤穂浪士にあやかって「ロータリー47士」と名乗った。背景には、通商産業省の自動車業界再編計画で東洋工業が他社に飲み込まれるかもしれないという危機感があった。胃に穴があき、歯が抜け落ちるほど体調が変わっても開発を諦めず、1967 年 5 月、バンケル式ロータリーエンジンを実用化したコスモスポーツを発売した。
山本健一

02

悪魔の爪痕

試作したロータリーエンジンを回すと、ローターハウジングの内壁に波状の摩耗が出た。「チャターマーク」、通称「悪魔の爪痕」で、アペックスシールとハウジングがこすれてできるものだった。牛の骨から貴金属まで材料を試しても消えないなか、山本はシールの固有振動数に原因があると考え、シールに縦と横の穴を開ける「クロスホロー」を思いついた。それでも満足せず、日本カーボンと組んでカーボンパウダーにアルミを含ませたシールを完成させると、チャターマークはまったく出なくなった。コスモスポーツの10A型は、このシールを積んで世に出た。
山本健一

03

1枚のデザイン画

コスモスポーツの形は、社内の若いデザイナーだった小林平治が描いた1枚のデザイン画から始まった。社長の松田恒次がそれを気に入り、「これで行け」と命じたという。車体が平たいぶん普通のサスペンションを納める場所が取れず、後輪には珍しいド・ディオン式を使った。車体は鋼板の継ぎ目を溶接したうえで手で平らに磨き、1枚板のように仕上げた。
小林平治

エンジン

足まわりと大きさ

全長 4,140mmWB 2,200-2,350mm1,165mm全高全幅 1,595mm
車両重量
940kg

系譜の中での位置

1960197019801990200020102020Now

生産工場

  1. 本社工場

    広島県安芸郡府中町

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

マイナーチェンジ

期マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
前期型1967年5月 発売時1967年5月〜10A982cc110ps130.4N・m940kg最軽4MT148万円
後期型1968年7月 マイナーチェンジ1968年7月〜10A982cc128ps最大139.3N・m最大—5MT158万円

開発に関わった人

山本健一のプロフィール

山本健一エンジン開発

出身地: 熊本県

元海軍出身の技術者将校で、戦後東洋工業(現マツダ)に入社し、開発リーダーとして世界で初めてロータリーエンジンの実用化に成功した自動車技術者。1963年4月にロータリエンジン研究部を設立して部長に就任し、1967年5月に搭載車コスモスポーツを発売した。のち同社代表取締役社長、最高顧問などを務めた。

小林平治のプロフィール

小林平治デザイン責任者

東洋工業(現マツダ)のカーデザイナー。初代コスモスポーツとR360クーペのデザインを担当し、マツダを辞めた後はGKデザインに移った。