
揚妻文夫
トヨタ開発責任者
カローラに空力を持ち込み、FF化への道を開いた主査
年表
- 1977
トヨタ主査
- 1979
- 1983
- 1983
カローラ 5代目 カローラレビン1983年〜1987年開発責任者
- 1983
スプリンター 5代目 スプリンタートレノ1983年〜1987年開発責任者
FF 化の陰で FR を受け継ぐ
4 代目のカローラが出てしばらくすると、主査の揚妻は担当員の本多孝康に、次のカローラを FF にするための専任の開発を命じた。1983 年 5 月のモデルチェンジで、セダンは FF、レビンとトレノは FR の「2 本立て」になり、トレノはリトラクタブル式のヘッドライトでレビンと差をつけた。5 代目の FF カローラはエポックメイキングだったが、原価との折り合いなど未消化の部分も残った。そんな中で FR を受け継いだ 86 レビン/トレノが高く評価されたことを、本多は興味深いと振り返り、幅広い人に向けて普遍的に造るセダンと、限られたクルマ好きに向けて造るスペシャリティの違いが見られて面白いと話している。
つながり
プロフィール
4・5代目カローラの開発担当責任者(CE)。