
齋藤尚彦
トヨタ開発に参加 / 開発責任者
モータースポーツを起点とするクルマづくりを象徴する GRヤリスの開発を手がけたチーフエンジニア
年表
- 1997
入社
トヨタ自動車 海外サービス部
- 2001
米国トヨタ
- 2004
トヨタ自動車 レクサスセンター
- 2009
トヨタ自動車 東富士研究所
- 2013
トヨタ自動車 TCカンパニー
- 2020
- 2020
GRヤリス2020年〜現在開発責任者
トヨタではスポーツカーはつくれない
モリゾウが評価するのは、タイヤの限界を超えたところで車を操る、トヨタがそれまで開発で評価したことのない速さと G の領域だった。GRヤリスの開発の初号機に乗ってもらったとき、開発チームは自信満々だったが、トヨタではスポーツカーはつくれないのではないか、スポーツ 4WD はスバルに頼むべきかという会話が飛び交うほどだめだった。齋藤たちはそこから出発した。
生産技術と一緒にレースの現場へ
ふつうは試作車ができてから生産技術と打ち合わせるが、GRヤリスでは生産技術のエンジニアに企画と開発の段階から入ってもらった。ラリーやサーキットのレースチームが車をつくり込む現場を一緒に見て回り、投資もコストも上げずに、レーシングカー並みの精度や軽さを量産の工程でどう出すかを考えた。組み立てを担う人たちにも試乗してもらい、ラインオフの前から思いを共有した。
社長の 4WD の練習を、トヨタの車で
モリゾウとしてラリーに出る豊田章男社長は、4WD の練習にスバルの WRX を使っていた。齋藤はそれを社員として大変悔しいと言う。社長にはトヨタの社員がつくった車で練習してほしい。その悔しさも GRヤリスの開発の根底にある。トヨタは 20 年のあいだ、自分たちの手でスポーツカーをつくっておらず、スポーツ 4WD もまったく開発してこなかった。
その場で直して、もう 1 回
降りてきたドライバーのコメントは、言葉だけではエンジニアには詳しく分からない。これまでは、コメントをもらうと 1 か月か 2 か月後に直して持っていった。GRヤリスでは走行データを全部取り、アクセルやブレーキのタイミング、舵角、サスペンションのストロークを見て、言葉の意味をその場でつかむ。直したらすぐ「もう 1 回乗ってください」と頼む。テストの時間が決まっているレースの現場で、エンジニアがその場で直すのを見て学んだやり方だ。
- 2021
GAZOO Racing Company GRプロジェクト推進部 開発主査
プロフィール
GRヤリスのチーフエンジニア。GAZOO Racing Company GRプロジェクト推進部 開発主査。