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フレームが四輪独立懸架を殺していた
1999 年の 3 代目パジェロは、ラダーフレームからビルトインフレームのモノコックへ、足回りも四輪独立懸架へと大きく姿を変えた。転機は、3 代目に先立って作ったダカールラリー用のパジェロエボリューションだった。フレームを残したまま四輪独立懸架にした試作車は、操縦安定性の担当者から「このフレームでは、四輪独立懸架が全然機能しない」と言われた。西岡を含む開発陣はフレームを徹底的に補強したが、何十キロもの補強は重さと燃費を悪くする。剛性を高くして、しかも軽く作るには、フレームとボデーを一体にするしかなかった。アメリカで SUV の横転事故が社会問題になり重心を下げることが課題になっていたことも、モノコックの方が衝突のときの変形を制御しやすいことも、同じ答えを指していた。西岡はその考え方を「大事なのは、何を採用するかじゃないんです。何を達成するかなんです」と言う。


