
加藤光久
トヨタ開発責任者
4代目から9代目のカローラの開発を経て、ゼロクラウンと呼ばれた12代目クラウンのチーフエンジニアを務めた人
年表
- 1975
入社トヨタ自動車工業
トヨタ自動車
- 2000
トヨタ自動車 第1開発センターチーフエンジニア
- 2003
クラウン 12代目2003年〜2008年開発責任者
「おれの代でクラウンをつぶすわけにはいかない」
2000 年代に入ると、トヨタは海外展開を加速して規模の拡大を追い、売れるクルマと売れる地域が優先されるようになった。クラウンの販売は右肩下がりで、このままではいつかクラウンがなくなってしまう、という危機感の中で 2003 年に 12 代目を迎える。開発を担当した加藤光久は「おれの代でクラウンをつぶすわけにはいかない」の一心でクラウンの再構築に挑み、世界基準の走行性能を目指してプラットフォームとエンジンをゼロから開発した。この「ゼロ・クラウン」で、「走りのクラウン」という新しい方向が見えてきた。16 代目の発表でこの話をした豊田章男社長は、当時、師匠の成瀬のもとで運転訓練を始めたところで、ゼロ・クラウンの走りの良さを自分のセンサーで感じたことを今も鮮明に覚えているという。
- 2004
常務役員
- 2006
トヨタテクノクラフト顧問代表取締役社長
- 2010
専務取締役
- 2011
専務役員
- 2012
取締役副社長
- 2016
豊田中央研究所代表取締役会長
- 2017
相談役
つながり
プロフィール
北海道大学工学部機械工学科を卒業。12代目クラウンのチーフエンジニア。