
假屋満
ホンダ開発責任者
「大人のタイプR」の提案が退けられたのを機に「サーキット・ベスト」へ振り切り、FD2 型シビック タイプR を手がけた開発責任者
年表
- 1986
入社
本田技術研究所
- 2007
シビック Type R(FD2)2007年〜2010年開発責任者
今頃言われても
2006 年モデルのシビックには、もともとタイプR の設定は無かった。環境を重んじる日本ではハイブリッド車が主役で、スポーツモデルから縁遠い開発だった。量産車の仕様が固まったところで、国内営業から今度のシビックにもタイプR が欲しいと言われ、假屋は正直、今頃言われてもと困った。
タイプR の定義は無かった
議論してみると、タイプR の定義は無かった。假屋は 40 代、50 代のこだわりのある人に向けた「大人のタイプR」を提案したが、中途半端な商品を作るなと退けられた。そこから導いたのが「サーキット・ベスト」で、筑波のタイムを04 年モデルの DC5 型インテグラ タイプRより 1 秒縮めると決め、ほかのことは吹っ切った。今でも、歴代でいちばんスパルタンだったと言われる。
つながり
プロフィール
株式会社 本田技術研究所 四輪R&Dセンター シビック タイプR(FD2) 開発責任者。