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「これからは俺がデザインを決める」
1973年6月、三菱自動車の2代目社長に就いた久保富夫は、就任早々デザインスタジオを訪れ、意匠課のデザイナーたちに「これからは俺がデザインを決める」と告げた。翌日からギャランシグマのデザイン作業が総力体制で始まり、最初の検討会では6案のレンダリングの中から三橋の案に方向付けされた。三橋がその案に託したのは、初代コルトギャランの継承と発展だった。
三菱 · ギャラン

画像: TTTNIS / CC0
「Σ」の名が付き、欧州車を意識したデザインのセダンになった世代。歴代のギャランで最も販売台数が多く、そのヒットは三菱を業界3位へ躍進させるきっかけになった。
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愛知県名古屋市
出典で確認できた台数はまだありません
| マイナーチェンジ | エンジン | 排気量 | 最高出力 | 最大トルク | 車両重量 | シフト | 価格 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1976年5月 発売時1976年5月〜 | — | — | — | — | — | — | — |
| 1977年2月 一部改良1977年2月〜 | — | — | — | — | — | — | — |
1977年8月 一部改良1977年8月〜特別仕様車・追加
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| 1978年10月 マイナーチェンジ1978年10月〜 | — | — | — | — | — | — | — |
三橋慎一デザイン責任者
三菱の社内デザイナー。初代ギャラン(コルトギャラン)は三橋を中心とする社内チームが仕上げ、3代目のギャランΣの外観も三橋の率いる社内デザインチームによるもの。