中村孝雄のプロフィール写真

中村孝雄

スバル開発責任者

倒産の危機の中で開発された初代レガシィで、開発プロジェクトの総括責任者を務めた人

年表

  1. 1989
    レガシィ 初代のサムネイル
    レガシィ 初代

    1989年〜1993年開発責任者

    一緒に開発した人

    スバル1000 からの決別

    倒産の危機を打開するため、開発主管制度の導入など大きな組織改革が行われ、開発コード「44B」として初代レガシィが開発された。総括責任者は商品企画室担当部長の中村。1966 年のスバル1000 以来、改良を重ねて長年使われてきたプラットフォームと決別し、すべてを新しく設計した。

    スバル

つながり

  • 辰己英治のプロフィール写真

    辰己英治

    部下

    辰己によれば、初代レガシィの開発で、今で言う開発責任者だった中村は「辰己が言っているんだからいいんじゃないか」と、辰己にいろいろとお金を使わせた。

プロフィール

初代レガシィの開発プロジェクト総括責任者 (商品企画室 担当部長)。スバル1000以来のプラットフォームと決別し、完全新設計で作り上げた。

スバルの開発者

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