スバル · レガシィ

スバル レガシィ 初代(BC/BF)

販売期間
1989年〜1993年
型式
BC/BF
駆動方式
FF・4WD
初代のサムネイル

画像: Calreyn88 / CC BY-SA 4.0

どんな車か

クルマづくりを一新するプロジェクトとして、エンジン、車体をゼロベースで開発した。ターボエンジンは当時の2リッタークラスとしては世界最強レベルだった。

開発秘話

01

スバル1000 からの決別

倒産の危機を打開するため、開発主管制度の導入など大きな組織改革が行われ、開発コード「44B」として初代レガシィが開発された。総括責任者は商品企画室担当部長の中村。1966 年のスバル1000 以来、改良を重ねて長年使われてきたプラットフォームと決別し、すべてを新しく設計した。
中村孝雄

02

ジウジアーロとはスケッチまで

初代レガシィはくさび形をモチーフにし、各ピラーを黒くしてガラスが連続する航空機のキャノピーを思わせる姿にした。デザインにはジウジアーロが関わったとも言われるが、チーフデザイナーの杉本は、スケッチの段階まではジウジアーロと接触があったものの、最終的には社内でデザインを進めたと語っている。
杉本清

エンジン

足まわりと大きさ

全長 4,545mmWB 2,580mm1,395mm全高全幅 1,690mm
車両重量
1,350kg

系譜の中での位置

19801990200020102020Now

生産工場

  1. インディアナ工場

    アメリカ インディアナ州ラファイエット

販売実績

地域別の販売台数

アメリカ合衆国 販売台数 232,494台 掲載4年分(1989〜1992年)

交代年(シリーズに計上): 1993年

マイナーチェンジ

期マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1989年2月 発売時1989年2月〜———————
1990年5月 マイナーチェンジ1990年5月〜———————
後期型1991年6月 マイナーチェンジ1991年6月〜———————
1992年6月 マイナーチェンジ1992年6月〜———————

開発に関わった人

中村孝雄のプロフィール

中村孝雄開発責任者

初代レガシィの開発プロジェクト総括責任者 (商品企画室 担当部長)。スバル1000以来のプラットフォームと決別し、完全新設計で作り上げた。

杉本清のプロフィール

杉本清デザイン責任者

初代レガシィのチーフデザイナー。くさび形をモチーフに、ピラーを黒く処理して航空機のキャノピーを思わせる造形にした。

内田雅之のプロフィール

内田雅之開発に参加

6代目レガシィ(B4/アウトバック)の開発責任者。富士重工業スバル商品企画本部上級プロジェクトゼネラルマネージャー。

辰己英治のプロフィール

辰己英治開発に参加

出身地: 北海道富良野市

富士重工業の実験部で、初代レガシィの操安性・乗り心地性能を担当し、その後も多くのスバル車の操安性・乗り心地を担当した。2007年にSTIへ転籍し、2013年からSUPER GTとNBR CHALLENGE TEAMでSTI総監督を務めた。

中古車の相場

カーセンサーに掲載されている、この世代の中古車の相場です。金額は車両本体価格で、支払総額にはこのほかに諸費用が加わります。2026-09-19 時点のもので、価格も在庫も日々変わります。

掲載台数
7台
平均価格
201.4万円
価格帯
59.9〜580万円

出典: カーセンサー(リクルート)の「レガシィセダン(1989年02月~1993年09月)」。2026-09-19 時点。