友原孝之のプロフィール写真

友原孝之

トヨタ開発に参加

年表

  1. 1982

    入社

    トヨタ

  2. 1984
    マークII 5代目のサムネイル
    マークII 5代目

    1984年〜1997年開発に参加

  3. 1992
    マークII 7代目のサムネイル
    マークII 7代目

    1992年〜1996年開発に参加

    一緒に開発した人

  4. 2000
    マークII 9代目のサムネイル
    マークII 9代目

    2000年〜2004年開発に参加

    一緒に開発した人

    だんご 3 課長

    9 代目マークII の開発で、チーフエンジニアの大橋宏の下には補佐役が 3 人いて、周りからは「だんご 3 課長」と呼ばれた。長男の布施健一郎がマークII、次男の定方理がヴェロッサ、末っ子の友原がマークIIブリットを受け持った。製品企画の部署には設計の部署のように一から教えてくれる環境が無く、すべて自分で見て吸収するしかなかった。師匠の大橋が教えたのは、自分なりの基準(尺度)を持つことと、原価企画の重要性だった。ブリットのバックドアを開けたときの高さも、自分を基準にこの位置がベストという尺度を持てと教え込まれ、友原は国内外のいろいろなワゴンに乗り、何度もドアを開け閉めして尺度を磨いた。

つながり

  • 大橋宏のプロフィール写真

    大橋宏

    上司師

    9代目マークIIの開発で、友原はチーフエンジニアの大橋の下で補佐役を務め、マークIIブリットを担当した。

    友原は、製品企画の部署に移ってからの上司の大橋を「私の上司であり、師匠だった」と語り、大橋から「自分なりの基準(尺度)を持つこと」と「原価企画の重要性」を教わった。

プロフィール

山口県出身。トヨタ自動車のエンジニア。2代目マークXのチーフエンジニア。入社して最初の仕事が5代目マークIIのATのシフトレバーの設計で、7代目マークIIではリーダーとしてサスペンションの開発に取り組んだ。製品企画部署に移ってからは、9代目マークIIでチーフエンジニア大橋宏の補佐役として開発を担当し、マークIIブリットを受け持った。

トヨタの開発者

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