
福岡孝延
トヨタ開発に参加
年表
- 1971
入社
トヨタ
- 1980
ランドクルーザー 60系1980年〜1990年開発に参加
「トラックの開発部署に移るんだ」
福岡孝延は 1971 年にトヨタに入り、乗用車のテストドライバーとして 10 年以上、初代センチュリーやセリカ・カリーナなどの実験と評価を担当した。1982 年に商用車の車両評価開発へ移り、ランドクルーザーで初めて担当したのが 60 系だった。当時のランドクルーザーは商用車のカテゴリーで、本人は「トラックの開発部署に移るんだ」とショックを受けたという。それでも、乗用車が走れないところを走破できることに、乗用車と商用車の区分けを超えた四輪駆動車の価値があると考えるようになった。上司や先輩からは壊すまで走れと言われ、それを積み重ねた。60 系までは、商用車として荒れた道を走れるように仕上げるクルマだったと振り返っている。
- 1984
ランドクルーザー 70系1984年〜2004年開発に参加
穴に落ちて考えたパーツ
60 系までのランドクルーザーは、商用車として荒れた道を走れるように仕上げるクルマだった。福岡孝延は 70 系の開発で社外のオフロードでのテスト走行を始めるなど、悪路走破性の向上に取り組んだ。その当時、田原工場近くの護岸エリアで上司とテスト走行をしていて、大きな穴にクルマごと落ちたことがある。リーフスプリングが反転してシャックルが逆側に伸びきってしまい、福岡は反転を抑えるパーツを考案した。70 系で悪路走破性は高まったが、オフロードで走らせるにはドライバーにある程度の腕が要った。誰もが気軽にオフロードを走れるようにできないか。その思いが、マルチテレインセレクトやアクティブトラクションコントロールを考案するきっかけになった。
- 1989
ランドクルーザー 80系1989年〜1997年開発に参加
厳しい環境で快適に
1980 年代、レジャーとしてオフロードを楽しむ四輪駆動車の方向は、三菱自動車のパジェロがうまく表していた。信頼性も耐久性も高く悪路を走れるクルマはトヨタにもあるのに、とランドクルーザーの方向が見直された時期だったと、当時若いエンジニアだった小鑓貞嘉主査は振り返る。70 系のころまで、オフロード車はリジッド式のサスペンションとリーフスプリングが常識だったが、80 系は乗用車でおなじみのコイルスプリングを採った。福岡によれば、厳しい路面にも対応できる基本性能があって初めて、乗る人が楽に運転できるようになる。80 系の時代に福岡たち開発チームが追ったテーマは、厳しい環境の中でいかに快適に乗れるかだった。
- 1998
ランドクルーザー 100系1998年〜2007年開発に参加
- 2007

- 2016
退社
プロフィール
トヨタ自動車のテストドライバー。1982年に商用車の車両評価開発へ移り、60系から200系まで歴代ランドクルーザーの実験と評価を担当した。ランクルマイスターと呼ばれる。