本多孝康のプロフィール写真

本多孝康

トヨタ開発責任者

5代目カローラの FF 化に専任で取り組み、8代目では開発責任者を務めた人

年表

  1. 1968

    入社

    トヨタ自動車

  2. 1977

    トヨタ自動車 製品企画

  3. 2F連絡会

    開発に参加

    生まれた車

    欧州で知った FF の強み

    4代目カローラを出す前の欧州の適合試験は、たまたま FF のターセルとの合同だった。本多は、欧州の走り方ではこのクラスは FF が有利だと思い知らされ、揚妻主査に報告した。やがて次のカローラを FF にするため専任で取り組むよう指示され、遅れていた FF 化を急ぐため、カローラが事務局になってターセル、カムリ、コロナの開発メンバーと 2F 連絡会を作った。カムリとコロナのリアを共通に、コロナとカローラのフロントを共通にする、といった思い切った共通化の絵を描いた。

  4. 1995
    カローラ 8代目のサムネイル
    カローラ 8代目

    1995年〜2002年開発責任者

    一緒に開発した人

    シェイプアップしてスリムで健康的に

    8代目の開発はバブル崩壊の直後で、原価を強く意識しなければならなかった。削りすぎれば貧弱になる。本多は、バブル期に重く高くなった車から、必要なものは保ったまま贅肉を落とそうと、「シェイプアップしてスリムで健康的に!」を合言葉にした。北米の現地生産の都合で海外向けは 2 年後の切り替えになったため、2 年後の国内のマイナーチェンジと海外の新型を「8.5代目」として組み直す企画にした。

つながり

  • 揚妻文夫のプロフィール写真

    揚妻文夫

    上司

    本多は1977年に揚妻主査の付担当員としてカローラの製品企画に移り、4代目カローラが出てしばらくしたころ、揚妻主査から、次のカローラをFFにするために「FF専任で開発に取り組むように」と指示された。

プロフィール

8代目カローラの開発責任者。1977年に揚妻主査(開発責任者)付担当員としてカローラの製品企画に異動し、5代目カローラのFF化を専任で担当した。

トヨタの開発者

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