トヨタ · スポーツ800

トヨタ スポーツ800(UP15)

販売期間
1965年〜1969年
型式
UP15
駆動方式
FR
スポーツ800のサムネイル

画像: Sicnag / CC BY 2.0

どんな車か

「パブリカスポーツ」の市販版として発売された二人乗りの小型軽量スポーツカー。空気力学的にすぐれたボデーを非常に軽量に仕上げ、レースでも大活躍した。

開発秘話

01

売るつもりの無かった車

スポーツ 800 は、パブリカのエンジンとシャシを使う前提で、1962 年に関東自動車工業で開発が始まった。主査は長谷川龍雄。長谷川によれば、もともと売るつもりで作った車ではなく、パブリカの開発が終わって次のカローラが始まるまでの手慰みにやった実験的な作品にすぎなかった。パブリカの部品を使ったのも、製品化の予定が無い車には会社の設備を割けなかったからだ。ところが 1962 年の東京モーターショーに出すと思いがけない反響があり、販売部門の要望で製品化することになった。市販は 1965 年 4 月から。日本に合わせたパブリカの部品ではアメリカの道路を高速で飛ばす使い方に耐えられないと長谷川が強く反対したこともあり、輸出はほとんどされず、1969 年 10 月に販売を終えるまでの累計は 3,131 台にとどまった。
長谷川龍雄

エンジン

足まわりと大きさ

全長 3,580mmWB 2,000mm1,175mm全高全幅 1,465mm
車両重量
580kg

系譜の中での位置

1960197019801990200020102020Now
スポーツ800 1965–1969UP15

販売実績

生産台数
3,056台

マイナーチェンジ

マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1965年4月 発売時1965年4月〜———————

開発に関わった人

長谷川龍雄のプロフィール

長谷川龍雄開発責任者

出身地: 鳥取県鳥取市

初代カローラの主査。トヨタで初代トヨエース、初代パブリカ、トヨタスポーツ800、初代カローラの主査を歴任し、初代セリカ・カリーナの開発主査も務めた。2004年日本自動車殿堂入り。