
今泉研一
トヨタ開発責任者
「いつかはクラウン」の7代目で、クラウンを日本のステータスシンボルにした人
年表
- 1983
クラウン 7代目1983年〜1987年開発責任者
革新とお客様の期待の両立が、実を結ぶ
大胆なデザインに挑んだ4代目の苦戦から、クラウンは決してお客様の先を行きすぎてはいけないという教訓を得た。以後の主査たちは、革新への挑戦とお客様の期待の両立に悩みながら開発を進めた。その積み重ねが今泉の担当した7代目と8代目で実を結び、7代目はいつかはクラウンと語り継がれ、8代目は歴代最高の販売台数を記録した。
トヨタ
- 1987
つながり
プロフィール
7代目・8代目クラウンの開発主査。