内山田竹志

トヨタ開発責任者

初代プリウスの開発責任者を務め、のちにトヨタの会長になった人

年表

  1. 1969

    入社

    トヨタ自動車

  2. 1994

    トヨタ自動車 第2開発センター第2企画部主査

  3. 1996

    チーフエンジニア

  4. 1997
    プリウス 初代のサムネイル
    プリウス 初代

    1997年〜2003年開発責任者

    21世紀への大きな一歩

    資源と環境の問題が深刻になるなか、初代プリウスは、これからの社会の変化を見据えた全く新しい車として作られた。内山田は、必要十分な大きさで車本来の良さを備え、21世紀の要件にも正面から応える 4 ドア車をコンセプトに、人に優しいパッケージ、それを包む先進的な内外装デザイン、資源と環境に配慮したハイブリッドシステムの 3 本柱で開発に取り組んだ。

  5. 1998

    取締役

  6. 2001

    常務取締役

  7. 2003

    専務取締役

  8. 2005

    代表取締役副社長

  9. 2012

    代表取締役副会長

  10. 2013

    代表取締役会長

  11. 2015

    代表取締役

  12. 2017

    会長

  13. 2023

    トヨタコンポン研究所Executive Fellow代表取締役

  14. 2025

    相談役

つながり

  • 多田哲哉のプロフィール写真

    多田哲哉

    部下相談に来た人

    2012年5月、スペインで86の試乗会をしていた多田に、内山田は電話で「おまえ、明日誰にも内緒でミュンヘンへ行け」と命じた。

    多田はパワートレインの組み合わせも含めて検討を重ね、内山田と豊田社長にも相談に行ったが、「それはまだちょっと早い」と言われた。

  • 大塚明彦のプロフィール写真

    大塚明彦

    部下

    大塚がトヨタに入って最初に配属された振動実験課で、直属の課長は内山田だった。

  • 小木曽聡のプロフィール写真

    小木曽聡

    部下

    初代プリウスにつながる G21 プロジェクトに志願して加わった小木曽は、内山田をチーフに迎えて正式なプロジェクトチームが発足したあとも、プロジェクトに残った。

プロフィール

愛知県岡崎市出身。1969年に名古屋大学工学部応用物理学科を卒業。初代プリウス (NHW10/11型) の開発責任者 (チーフエンジニア)。1994年にトヨタ自動車 第2開発センター (FF乗用車部門) 第2企画部主査に就任し、同年から初代プリウスの開発責任者となった。後にトヨタ自動車の代表取締役会長を務めた。

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