三菱 · ランサーエボリューション

三菱 ランサーエボリューション I(E-CD9A)

販売期間
1992年〜1994年
型式
E-CD9A
駆動方式
4WD
ランサーエボリューションIのサムネイル

画像: TTTNIS / CC0

どんな車か

WRCの出場資格を得るため、ランサー1800GSRにギャランVR-4のターボと四輪駆動を移し、1年ほどの開発期間で仕上げたシリーズ初代。宣伝を一切しなかったが、限定2,500台は発売から3日で売り切れた。

開発秘話

01

「ギャランはもう大きすぎる」

1989年、吉松は英国のRACラリーで初めてWRCを見た。ギャランVR-4は優勝したが、この大会に出ていなかったランチア・デルタ・インテグラーレの強さが頭から離れず、ギャランはもうこの舞台で戦うには大きすぎると感じた。もっと小さく軽い車でなければ勝てない。帰国して「このままでは勝てない」と訴えて回ったが、ギャランには2.0 LのV6を積んでさらに大きくする計画があった。そこで手を差し伸べたのが、ベースのランサーを開発した小林一孔で、「やりたいなら、とことんやってみなさい」と背中を押した。吉松は、ランサーにVR-4の4G63ターボと4WDを移す案を出した。
吉松広彰

02

開発は1年、そして「トラブルのデパート」

小林が付けた条件は厳しかった。開発期間は1年ほどしかなく、出してから失敗に気づいても1年は手直しできない。タイヤもベース車の外径が基本で、許されたのはホイールのインチアップだけだった。テストを始めると、エンジンと4WDを移したランサーは次々に壊れ、トラブルのデパートのようだった。とくにリアのマルチリンクの付け根では、軽く作ったボディ側の取り付け部がちぎれ、亀裂が入った。小林は「壊れたところがあるなら、そこを直すのがもっとも効率的な対策」と落ち着いており、一つずつ問題をつぶして1992年9月のデビューにこぎ着けた。
吉松広彰

03

100万円で買った「エボリューション」の名

車名の候補として最後に残ったのは、名車ランタボの復活を思わせる「ランサー2000ターボ」、「レボリューション」、そして「エボリューション」だった。商品企画部長の北根幸道に見せると、商品企画をそのまま表しているという理由で、その場で「エボリューションで行こう」と決まった。ところが調べると、エボリューションはすでに服飾メーカーと思われる会社が商標を登録していた。諦めきれない吉松は北根に頭を下げて会社の許可を取り、当時の価格で100万円ほどかけて車名を買い取りに行った。
吉松広彰

エンジン

足まわりと大きさ

全長 4,310mmWB 2,500mm1,395mm全高全幅 1,695mm
車両重量
1,170-1,240kg

系譜の中での位置

1990200020102020Now

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

開発に関わった人

吉松広彰のプロフィール

吉松広彰開発に参加

出身地: 岡山県

三菱自動車で商品企画を担当した技術者。ランサーにギャランVR-4の4G63ターボと4WDを移す案を出し、初代ランサーエボリューション(エボI)の開発に携わった。