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GTOではなく、エボでGT-Rに勝つ
エボIVが出た1996年、中谷はN1耐久レースの1クラスで三菱GTOに乗り、日産スカイラインGT-Rと戦っていた。GTOのほうがコーナーで速いと確信していた中谷は、2.6 LのGTOを出して重さをそろえることや、フロントLSDの装着を求めた。しかしエンジンは費用の、LSDは空間の問題で収まらず、GTOからエボへの車両変更が持ち上がった。中谷に課されたのは、GT-Rに勝てるエボにするにはどうすればよいか、という難題だった。
三菱 · ランサーエボリューション

乾いた路面で足りなかったブレーキとタイヤを改めるため、WRカーと同じ規定いっぱいの車幅まで広げ、初めて3ナンバーになった。グループA車ながらWRカーを抑え、1998年のWRCで三菱初のマニュファクチャラーズタイトルを含む3冠を取った。
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中谷明彦開発に参加
レーシングドライバー、自動車評論家。三菱自動車との縁が深く、ランサーエボリューションのV以降の開発ドライバーを務めた。1988年の全日本F3チャンピオン。