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出ないはずだったエボVII
中谷の自伝によれば、新しいベース車のランサーセディアはギャランVR-4とほぼ同じ大きさで、ランエボはVIのトミ・マキネン・エディションで最後になるはずだった。後を継ぐモデルを出すかどうかも決めかねていたという。ただし実際には、三菱がWRカーへの移行を決めた2000年11月までに、エボVIIとそれをもとにしたグループAの車両の開発がすでに進んでいた。
三菱 · ランサーエボリューション

前年に代替わりしたランサーセディアに土台を移した、第3世代の最初のモデル。前後輪の差動制限を電子制御するACDを新たに積んだ。この世代から、ランサーの1グレードではなくランサーエボリューションという1つの車名になった。
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中谷明彦開発に参加
レーシングドライバー、自動車評論家。三菱自動車との縁が深く、ランサーエボリューションのV以降の開発ドライバーを務めた。1988年の全日本F3チャンピオン。