マツダ ロードスター 初代 NA系
概要
- 販売期間
- 1989年〜1998年
- 型式
- NA
- 系統
- 1
- 駆動方式
- FR
NA6CE/NA8C型。1989年9月発売。マツダの北米拠点で「MGのようなライトウェイトカーがあれば」という話から始まり、FA4型ファミリアのコンポーネンツを使った試作車V705での走行試験を経て開発された。開発にあたってのキーワードは「人馬一体」で、量産開発の主査は平井敏彦が務めた。当時同クラスでは既に珍しくなっていたFRを採用し、エンジンの重心を前輪の車軸より後方に置くフロントミッドシップ、ガソリンタンクとスペアタイヤのホイールベース間への収納、トランクへのバッテリー設置などにより、2名乗車時で50対50の前後重量配分を実現した。サスペンションはマツダでは初となる前後ダブルウィッシュボーン式で、ミッションケースとデフケースを結合するパワープラントフレーム(PPF)を備える。前照灯はリトラクタブル・ヘッドライト。1993年7月のマイナーチェンジでエンジンが1.8LのBP型に変更され、型式もNA8Cとなった。生産台数は43万1506台。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/マツダ・ロードスター / https://ja.wikipedia.org/wiki/マツダ・ロードスター#初代_NA系(1989年-1998年)
系譜の中での位置
販売実績
出典で確認できた台数はまだありません
開発に関わった人

平井敏彦開発責任者
出身地: 山口県下松市
初代ロードスターの開発責任者。1961年に東洋工業(現マツダ)に入社し、1986年に商品開発本部で初代ロードスターの開発主査に就任。1989年にはAZ-1の開発主査も務めた。1993年にマツダを退社し、大分大学工学部生産システム工学科の講師に就任。日本自動車殿堂の殿堂者。

貴島孝雄開発責任者
出身地: 徳島県吉野川市
マツダの元エンジニア。1994年、平井敏彦の退職に伴い初代ロードスターの開発主査に就任し、その後は2代・3代ロードスター及び3代目RX-7の開発主査を務めた。山陽小野田市立山口東京理科大学工学部教授。

田中俊治デザイン責任者
初代ロードスター (NA系) のチーフデザイナー。フロントマスクは能面の「小面」、サイドのラインは同じく能面の「若女」を横から見た姿にインスパイアされている。1993年6月、プロダクトデザインを手がけたことで社団法人発明協会から「ライトウェイトスポーツカーの意匠」にて発明賞を受賞した。