トヨタ · クラウン

トヨタ クラウン 初代(RS)

販売期間
1955年〜1962年
型式
RS
駆動方式
FR
初代のサムネイル

画像: Tokumeigakarinoaoshima / CC BY-SA 4.0

どんな車か

他社が欧米の各社と提携してノックダウン生産に進むなか、トヨタは純国産方式を選んだ。観音開きのドアが外観の特徴で、後に“観音開きのクラウン”の愛称が生まれた。

開発秘話

01

生産畑からの異例の抜擢

1952年、車体工場の次長だった中村は、技術担当取締役の豊田英二から、これから開発する本格的な乗用車の開発責任者を頼まれた。大株主は承知かと尋ね、当たり前だと返されて引き受けた。生産担当から開発責任者への異例の抜擢だった。市場調査から設計、生産開始の準備まで尽くし、初代クラウンを成功に導いた。
中村健也

02

花嫁さんが乗れる観音開き

初代クラウンの観音開きのドアは、文金高島田の花嫁さんに乗ってもらわなければいけないという中村の考えから採った。開発の初めはドアの閉まりが悪く、長谷川龍雄ら部下から安全上の問題で反対されたが、中村は採用を押し通した。
中村健也

エンジン

足まわりと大きさ

全長 4,285-4,410mmWB 2,530mm1,525-1,540mm全高全幅 1,680-1,695mm
車両重量
1,210-1,270kg

系譜の中での位置

19501960197019801990200020102020Now

生産工場

  1. 元町工場

    愛知県豊田市

    1959年〜1962年

  2. 本社工場

    愛知県豊田市

販売実績

地域別の新車登録台数

日本 新車登録台数 170,263台 掲載7年分(1955〜1961年)

交代年(シリーズに計上): 1962年

マイナーチェンジ

マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1955年1月 発売時1955年1月〜R1,453cc48ps最大—1,210kg最軽——
1958年10月 マイナーチェンジ1958年10月〜———————
1960年10月 マイナーチェンジ1960年10月〜———————
1962年7月 一部改良1962年7月〜———————

開発に関わった人

中村健也のプロフィール

中村健也開発責任者

初代・2代目クラウンの開発主査。