日産 · スカイライン

日産 スカイライン 初代 GT-R(PGC10/KPGC10)

販売期間
1969年〜1972年
型式
PGC10/KPGC10
駆動方式
FR
初代 GT-R(PGC10/KPGC10)のサムネイル

画像: RynseOut / CC BY 2.0

どんな車か

スカイライン2000GTの車体に、日産・R380のエンジンをベースとする直列6気筒DOHCを積んだ。『羊の皮を被った狼』のキャッチフレーズを受け継いだ。

開発秘話

01

切り詰めたら 2 ドアになった

桜井にとって、スカイラインはあくまで運動性能の優れたセダンで、4 ドアが基本だった。だからハコスカの 2 ドア GT-R(KPGC10)も、4 ドアがベースになっている。ホイールベースを短くした 2 ドアが要ることは、4 ドアを開発していたころから感じていた。理想の走りを追うとホイールベースを詰める必要があり、レギュレーションで許される後席の広さを確保できるぎりぎりまで切り詰めたら、2 ドアになったという。グリルは 4 ドアと同じで、リアのオーバーフェンダーのほかに派手なところは無い。スカイライン本来のスタイルは何も変わっていない、と桜井は言う。
桜井眞一郎

02

運転席 70、助手席 20、後席 10

桜井のスカイラインは、開発のときから助手席には少しお金をかけても、後席は高性能になるほど簡素にしていた。その分を運転席に回し、ドライバーが操る喜びを感じられるように、ポジションとサポートを重んじた。感覚で言えば、運転席が 70 なら助手席が 20、後席は 10。2 ドアの後席を本当に「イヌかネコ、モノ置き」くらいに割り切れれば、走りはもっと機敏になる気がしていたという。1970 年に出た 2 ドアは、走りを考えれば理想だったと桜井は振り返る。最強のエンジンを最大限に生かすために、運動性能を突き詰めた究極の形が 2 ドアの GT-R だった。
桜井眞一郎

エンジン

足まわりと大きさ

全幅1,610-1,665mm全高1,370-1,385mm
全長4,330-4,395mm
ホイールベース
2,570-2,640mm
車両重量
1,100-1,120kg

系譜の中での位置

19501960197019801990200020102020Now

生産工場

  1. 村山工場

    東京都武蔵村山市

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

マイナーチェンジ

マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1969年2月 発売時1969年2月〜———————
1969年10月 マイナーチェンジ1969年10月〜———————
1970年10月 マイナーチェンジ1970年10月〜———————

開発に関わった人

桜井眞一郎のプロフィール

桜井眞一郎開発責任者

出身地: 神奈川県

スカイラインの開発責任者 (主管)。2代目の途中から7代目の開発終盤まで一貫して指揮を執り、「ミスタースカイライン」と呼ばれた。