日産 · スカイライン

日産 スカイライン 4代目(C110)

販売期間
1972年〜1977年
型式
C110
駆動方式
FR
4代目(C110)のサムネイル

画像: TTTNIS / CC0

どんな車か

先代の個性をそのままに、ソフトで流麗なスタイリングになった。リング型の4灯テールランプはここで初めて採用され、「ケンとメリーのスカイライン」のキャンペーンが爆発的にヒットした。

開発秘話

01

「よし、わかった」と作ったケンメリ

4 代目(ケンメリ)の開発が始まったのは日産との合併の直後で、スカイラインがお荷物扱いと揶揄されたこともあった。3 代目のハコスカは評価こそ高かったが、世間からは「免許を取ってすぐ乗るクルマではない」と見られていた。営業の側からは、高性能より大衆受けするクルマを、トヨタから乗り換えても違和感がなく格好よく見えるクルマを、と強く求められた。桜井は「よし、わかった」と、あまり特徴を出さないことを意識して 4 代目を作った。ケンメリは 64 万台と歴代スカイラインで一番売れたが、技術屋としては不本意で、大衆を意識しすぎたスタイルは正直あまり好きではなかったと語っている。
桜井眞一郎

エンジン

足まわりと大きさ

全幅1,625mm全高1,385-1,425mm
全長4,250-4,460mm

系譜の中での位置

19501960197019801990200020102020Now

生産工場

  1. 村山工場

    東京都武蔵村山市

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

マイナーチェンジ

マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1972年9月 発売時1972年9月〜L201,998cc—————
1975年10月 マイナーチェンジ1975年10月〜L20E1,998cc—————

開発に関わった人

桜井眞一郎のプロフィール

桜井眞一郎開発責任者

出身地: 神奈川県

スカイラインの開発責任者 (主管)。2代目の途中から7代目の開発終盤まで一貫して指揮を執り、「ミスタースカイライン」と呼ばれた。