日産 · スカイライン

日産 スカイライン 2代目(S50/54/57)

販売期間
1963年〜1968年
型式
S50/54/57
駆動方式
FR
2代目(S5)のサムネイル

画像: TTTNIS / Public domain

どんな車か

S50型。1963年11月発売。初代の米国風フルサイズセダンから、1.5ℓクラスの小型ファミリーセダンへ変わった。モノコックボディを採用。1968年に3代目C10型へ移行した。

開発秘話

01

ダックスフントのような S54

第 1 回日本グランプリで惨敗したプリンスは、翌年の第 2 回で勝つために、スカイライン 1500 にグロリアの G7 型 6 気筒エンジンを積み込む計画を始めた。島田勝利の受け持ちは足回りだった。長い 6 気筒をねじ込むために、エンジンルームの防火壁の直前で車体を切って 20cm 延ばし、ホイールベースも 20cm 伸ばした。「まるでダックスフントのようだ」と言われた S54 型は、走らせるとバランスがまったく取れず、ハンドルを切るたびにボディがねじれた。絆創膏を貼るように補強材を入れて剛性を確保し、暴れるリアアクスルにはトルクロッドを足して、ようやく曲がれるようになった。この計画の稟議書には赤鉛筆で「レース」と朱書きされていたといい、それがあると最優先でお金が出た。完成した S54 型は「スカイライン GT」と名付けられた。
島田勝利

エンジン

足まわりと大きさ

全長 3,990-4,255mmWB 2,390-2,590mm1,410mm全高全幅 1,495mm
車両重量
920-935kg

系譜の中での位置

19501960197019801990200020102020Now

生産工場

  1. 村山工場

    東京都武蔵村山市

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

マイナーチェンジ

マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
1963年9月 発売時1963年9月〜G11,484cc—————
G71,988cc—————
1966年10月 マイナーチェンジ1966年10月〜———————

開発に関わった人

桜井眞一郎のプロフィール

桜井眞一郎開発責任者

出身地: 神奈川県

スカイラインの開発責任者 (主管)。2代目の途中から7代目の開発終盤まで一貫して指揮を執り、「ミスタースカイライン」と呼ばれた。

島田勝利のプロフィール

島田勝利開発に参加

出身地: 東京

富士精密工業(後のプリンス自動車工業)のシャシー設計者。入社してすぐ初代スカイラインの足回りの仕事に携わった。1963年にレース車開発グループのリーダーだった桜井眞一郎に請われ、R380、R381、R382、R383 の開発に設計者として約6年間参加した。桜井の「右腕」「番頭」と呼ばれた。