日産 · スカイライン

日産 スカイライン 7代目(R31)

販売期間
1985年〜1990年
型式
R31
駆動方式
FR
7代目(R31)のサムネイル

画像: TuRbO_J from Adelaide, Australia / CC BY 2.0

どんな車か

広告に使われた「セブンス」の愛称で知られる。途絶えていた6気筒DOHCエンジンが復活し、世界初のサスペンション「HICAS」を載せた。

開発秘話

01

開発終盤での入院

7代目の開発が終盤に入った 1984 年、桜井は突然病に倒れて入院し、開発責任者をプリンス時代からの仲間で一番弟子の伊藤修令に急ぎ引き継いだ。1985 年に退院した後もスカイラインの開発責任者には戻らず、日産に新しくできた技術車両設計部の部長として、パイクカーの企画開発に携わった。
桜井眞一郎

エンジン

足まわりと大きさ

全長 4,650mmWB 2,615mm1,385mm全高全幅 1,690mm

系譜の中での位置

19501960197019801990200020102020Now

生産工場

  1. 村山工場

    東京都武蔵村山市

販売実績

出典で確認できた台数はまだありません

マイナーチェンジ

期マイナーチェンジエンジン排気量最高出力最大トルク車両重量シフト価格
初期型1985年8月 発売時1985年8月〜———————
1986年9月 一部改良1986年9月〜———————
後期型1987年8月 マイナーチェンジ1987年8月〜RB20DET-R1,998cc—————
1988年1月 一部改良1988年1月〜———————

開発に関わった人

桜井眞一郎のプロフィール

桜井眞一郎開発責任者1984年まで

出身地: 神奈川県

スカイラインの開発責任者 (主管)。2代目の途中から7代目の開発終盤まで一貫して指揮を執り、「ミスタースカイライン」と呼ばれた。

伊藤修令のプロフィール

伊藤修令開発責任者1984年から

出身地: 広島県竹原市

8代目スカイライン (R32) の開発主管。桜井眞一郎の一番弟子で、7代目の開発終盤に主管を引き継いだ後、8代目は開発の初期段階から担当した。